【獣医師解説】猫から人にも感染?マダニが媒介するSFTSとは?

兵庫ペット医療センターのこと。マルシェ

近年、猫が原因とみられるSFTS(重症熱性血小板減少症候群)の感染事例が報告され、飼い主の間で不安が高まっています。SFTSは人にも重篤な症状を引き起こすことがありますが、正しい知識と日常的な予防でリスクを大きく下げることが可能です。

本記事では、獣医師が、SFTSの特徴、猫から人への感染経路、具体的な予防策、そして発症時の対応までを詳しく解説します。

目次

SFTSとは?

SFTS(重症熱性血小板減少症候群)は、マダニが媒介するウイルス性の感染症で、人や動物の命にかかわる病気です。

人が感染すると、高熱、消化器症状、神経症状、出血傾向などを示し、致死率は約27%と高く、特に高齢者で重症化しやすいとされています。

この病気は長らくダニから人へ感染するものと考えられていましたが、近年になって猫や犬などのペット動物から人への感染例が相次いで報告されており、注目を集めています。中でも猫はSFTSウイルスに対して非常に感受性が高く、発症すると高濃度のウイルス血症を示すため、人への感染源になりやすいとされています。

猫のSFTSの特徴

SFTSは猫にとっては極めて致死性の高い感染症です。ウイルスを保有するマダニに咬まれることで感染が成立し、発症した場合は急激に症状が進行するのが特徴です。特に、屋外に出る猫や保護猫などはマダニとの接触リスクが高く、注意が必要です。

どんな猫が発症しやすいのか

どの猫にもSFTSのリスクはありますが、発症しやすさは複数の要因が重なったときに高まります。まずは環境要因と予防の徹底が最重要で、その上で年齢や個体要因を考慮しますが、データ上ではどのような猫に発症しやすいとされているのか確認しておきましょう。

1.若い猫

  • SFTSを発症した猫の年齢中央値は 2歳
  • 約70%以上が 1〜5歳未満
  • 老齢猫の発症例も存在するが、若年猫の割合が多い

全国の発症例の解析によると、1〜3歳の若い猫にも多数の発症例があることがわかっています。

2. 屋外に出る猫

約7割が室内外自由あるいは屋外中心で飼育されていた猫であり、完全室内飼育の猫ではほとんど症例が確認されていません。

飼育者が「うちは都会だからマダニはいない」と油断していても、草むら・公園・近隣の空き地にわずかでも接触すれば感染リスクは存在します。

さらに、飼い主自身が靴底などを介してマダニを持ち込んでしまうケースも否定できません。

猫の主な臨床症状:見逃しやすい初期兆候に注意

発症初期は、「なんとなく元気がない」「ごはんを残す」という曖昧な症状から始まります。飼い主が気づいた時にはすでに重篤化していることも珍しくありません。

発症猫の臨床データをまとめると、以下のような特徴が見られます。

症状発現率
元気・食欲低下100%
発熱(39℃以上)約78%
嘔吐約57%
黄疸約95%
下痢約10%
死亡率約60〜64%

猫の黄疸(耳介や口腔粘膜が黄色っぽくなる)は見落とされがちですが、ビリルビン上昇を示す指標であり、肝障害や溶血の可能性を示唆する重要な所見です。

血液検査での異常所見

実際の臨床現場では、以下のような異常が典型的に見られます。

  • 白血球数の著しい減少(<5,000/μL)
  • 血小板数の顕著な減少(<100,000/μL)
  • T-Bil(総ビリルビン)上昇(>0.5mg/dL)
  • CPK上昇(筋肉の細胞障害を示す)
  • AST/ALT(肝酵素)上昇

これらの所見は多臓器障害の兆候を示しており、重症例では数日のうちに多臓器不全に進行して死亡するケースもあります。特効薬は現時点で存在せず、治療はすべて対症療法に限られます。

猫から人へ感染する?リスクと実際の事例

まず、前提として、健康な猫・屋内飼育の猫から人がSFTSウイルスに感染した事例はこれまでに報告されていません。

発症した猫からの感染について説明します。

SFTS(重症熱性血小板減少症候群)は、ダニから直接感染するだけでなく、猫などの動物を介して人へ感染することがあることが、近年の研究で明らかになってきました。

特に猫からの感染は、咬傷や引っかき、体液との接触が原因となる場合が多く、実際に人の死亡例も確認されています。

感染経路:咬まれていなくても感染することがある

動物から人への感染経路としては、以下のようなパターンが報告されています。

  • 発症猫に咬まれる/引っかかれる
  • 発症猫の唾液・涙・排泄物などの体液に触れる
  • 感染猫の診療や処置中に血液・分泌物が粘膜や皮膚の傷に接触する

また、特筆すべきは、「マダニに咬まれていないのに感染した」獣医師・看護師の症例です。これらは猫の体液・分泌物を介した飛沫感染または接触感染と考えられています。

実際の感染事例(国内で確認されたもの)

日本では以下のような動物から人への感染例が報告されています(※すべて公的機関資料に記載のあるもの)。

年月感染経緯感染者結果
2018年10月発症猫を診療獣医師発症・回復
同上発症猫の飼い主が咬まれる飼い主発症・死亡
2019年5月猫の咬傷飼い主発症・回復
2020年3月診療に従事獣医師発症・回復
2021年2月猫を診療中、PPE(個人防護具)不十分獣医師発症・回復

中には、猫を咬んだり引っかいたりしていなくても、唾液や体液が皮膚や粘膜に触れたことで感染したと考えられる事例が報告されています。

つまり咬まれていないから安全とは言い切れず、看病や処置の際には注意が必要です。

【補足メモ|獣医療従事者も感染リスクにさらされている】

2021年、猫の診療にあたった獣医師がSFTSを発症した事例では、ゴーグルを着用しておらず目の粘膜からウイルスが侵入した可能性が指摘されました。
また、別の看護師の症例では、明らかな傷や咬傷がないにも関わらず感染しており、ウイルスの飛沫感染のリスクがあると考えられています。
これらの事例は、動物病院内での標準予防策(PPE)の徹底がいかに重要かを物語っています。

猫のSFTSはどうやって予防できる?

SFTS(重症熱性血小板減少症候群)は治療法が確立しておらず、予防が最も重要とされています。とくに猫の場合、発症すると高い確率で命を落とすため、飼い主が日頃からできる予防策を知っておくことは非常に大切です。

 屋内飼育の徹底が最も有効

SFTSウイルスを媒介するマダニは、草むらや山林など屋外に生息しています。つまり、猫が外に出なければ感染するリスクはほぼゼロに抑えられます。

とくに春〜秋(4月〜11月)はマダニの活動が活発になる時期であり、散歩やベランダへの出入りも注意が必要です。

 マダニ予防薬の使用

屋外に出る機会がある猫や、マダニが発生しやすい地域に住んでいる家庭では、定期的なマダニ予防薬の使用が重要です。市販薬よりも、動物病院で処方される製品の方が、確実かつ効果的です。

  • スポットオン製剤(首筋に滴下)
  • 経口タイプ(錠剤)
  • ノミ・マダニ・フィラリアを同時に予防できる薬もあり

ただし、100%の感染予防ができるわけではありませんが、感染機会が減るという意味では有効です。

家庭内での注意点

室内でも以下のような状況ではマダニが侵入する可能性があります:

  • 飼い主や犬が屋外からマダニを持ち帰る
  • 網戸や隙間から野生動物や虫が侵入する

そのため、家庭内でも以下の対策を講じることが望まれます。

  • ペット用ブラシで毎日のグルーミング
  • ソファ・カーペットなどの掃除をこまめに行う
  • マダニの媒介源となる草地・庭木に近づけない

【補足メモ|外猫・地域猫との接触もリスク】

自宅の猫が完全室内飼いであっても、玄関を開けたすきに外に出てしまったり、ベランダ越しに野良猫と接触したりするケースがあります。
とくに地域猫のSFTSウイルス保有率は高い地域があり、唾液や糞便を介した接触でもウイルスが伝播する可能性が指摘されています。
したがって、飼い猫を外猫に近づけない・外猫に触れた手で触らないといった日常的な意識も重要です。

もし猫がSFTSかもしれないと思ったら

猫がSFTS(重症熱性血小板減少症候群)を発症していた場合、人への感染リスクが非常に高くなるため、早期に異変に気づき、適切に対応することが重要です。とくに、屋外に出る猫や野良猫と接触歴がある猫で以下のような症状がみられる場合には、注意が必要です。

こんな症状があったらすぐ動物病院へ

SFTSを発症した猫に共通してみられる症状には、以下のようなものがあります。

  • 元気消失・食欲不振
  • 発熱(ただし体温が低下する場合も)
  • 嘔吐・下痢
  • 黄疸(目や耳が黄色くなる)
  • 口内炎や鼻出血、目の充血
  • ふらつき・けいれんなどの神経症状

これらは発症後、数日で急速に悪化し、死亡に至るケースが多いと報告されています。
少し様子を見るといった対応では間に合わないこともあるため、迷ったらすぐ動物病院に相談してください。

連れて行く前に必ず事前連絡を!

猫がSFTSの可能性がある場合、飼い主や獣医師の感染リスクを減らすために事前連絡が必須です。

電話などで「SFTSの症状に似ている気がする」「野良猫に咬まれた」など、状況を詳しく伝えるとよいでしょう。

動物病院側は、個人防護具(PPE)の準備や隔離対応などが必要になるため、事前連絡があると助かります。

 自宅での看病はしないで

発症した猫は、唾液や涙、排泄物に非常に高い濃度のSFTSウイルスを排出している可能性があり、人に感染する危険性があります。

そのため、

  • 自宅で素手で触る
  • 口元を拭いてあげる
  • 一緒に寝る

といった行動は絶対に避けてください。特に高齢者や免疫力が低下している人は重症化のリスクが高いため、接触を控えることが推奨されます。

【補足メモ|SFTSの診断と検査について】

SFTSの確定診断にはウイルス遺伝子を検出する「PCR検査」が必要ですが、すべての動物病院で実施できるわけではありません。また、検査のためのサンプル採取(採血・鼻咽頭ぬぐい液など)にも感染リスクがあるため、獣医師がSFTSを強く疑う場合は、検査よりも隔離・感染防御を優先することもあります。

マダニに咬まれても、SFTSになるとは限りません

ここまでSFTSのこわい部分をメインに解説してきましたが、必要以上に恐れることはありません。

SFTSは深刻な感染症ですが、実際にはマダニに咬まれた全ての人や動物が感染するわけではありません。

マダニのSFTSウイルス保有率は0〜数%程度

厚生労働省や国立感染症研究所の調査によると、全国で採取されたマダニのうち、SFTSウイルスを保有していた個体の割合は約0~3%程度とされています。

これはつまり、野外にいるほとんどのマダニはSFTSウイルスを持っていないということです。

各地域におけるSFTSウイルス保有マダニの検出率

地域名保有率(検出率)
鹿児島県約2.5%
宮崎県約3.6%
岡山県0.4%
東京都0%(2021年調査)

咬まれても感染・発症するとは限らない

さらに、マダニに咬まれたとしてもSFTSウイルスに感染する確率はごくわずかであり、発症するのはさらに一部です。東京都獣医師会資料でも「感染率は極めて低いと明記されています。

必要以上に怖がるより、予防が大切

このように、「マダニ=すべて危険」ではなく、感染や発症に至るには複数の要因が重なる必要があるため、通常の生活環境下での過剰な不安は不要です。

 一番大切なのは、「正しく予防すること」。
具体的には、猫を屋内で飼育し、外部寄生虫(マダニ)対策を継続的に行うことで、感染リスクを極めて低く抑えることができます。

よくある質問

感染した猫は回復するの?

回復例はありますが、致死率は高く、注意が必要です。

猫のSFTSは非常に重篤化しやすく、急性期には多くの症例で死亡が報告されています。一方で、近年では一部の猫が治療により回復・退院した例も確認されており、実際に「退院基準」が設けられています。

猫SFTSの退院基準(東京都獣医師会より抜粋)


以下のすべてを満たすことが必要です。

  1. 臨床症状が完全に消失していること
  2. 発症から14日以上が経過していること
  3. SFTSウイルス遺伝子が検出されないこと(PCR検査にて陰性)

これにより、回復が見込まれるかどうかの判断が可能になりつつある一方で、検査体制や感染管理の整った施設での対応が前提となるため、一般の動物病院では対応が難しい場合もあります。

猫を飼っているだけで感染するの?

通常の飼育環境で感染するリスクは極めて低いとされています。

SFTSは、感染猫の体液・血液・分泌物が人の粘膜や傷口に触れることで感染します。つまり、濃厚接触(口腔処置、咬傷、素手での処置など)がなければ、過度に心配する必要はありません。

感染猫と同居していた飼い主でも、適切な距離を保っていた場合には感染しなかった例も多く報告されています。必要以上に怖がるのではなく、正しい予防策を知り、落ち着いた行動を取ることが大切です。

ワクチンや特効薬はあるの?

現時点で、猫用・人用ともにワクチンや特効薬は存在しません。

現在、SFTSに対する有効な治療法はなく、対症療法(点滴、解熱、栄養管理など)が中心となります。ウイルス量が非常に多いため、抗ウイルス薬の効果は限定的とされています。

ワクチンは一部で研究が進められていますが、一般に利用可能になるにはまだ時間がかかると考えられています。

つまり、現段階では感染しないように予防することが最大の防御策です。

正しい知識で、過度に怖がらずに予防を

SFTS(重症熱性血小板減少症候群)は、猫にとって致死率が高く、人への感染例も確認されている深刻な感染症です。しかし、正しい知識を持ち、日常的な予防策を講じていれば、過度に恐れる必要はありません。

 完全室内飼育やマダニ予防薬の活用、外猫との接触回避といったシンプルな対策で、感染リスクは大きく低減できます。また、飼い主が早期の異変に気づき、迅速に適切な対応をとることで、猫の命を守る可能性も高まります。

 大切なのは、極端なイメージにとらわれることなく、正確な情報に基づいて冷静に備えることです。
万が一、猫の様子に異変を感じた場合には、自己判断せず、動物病院に早めに相談することをおすすめします。
愛猫と安全に暮らすために、飼い主としてできることを、今一度見直してみてはいかがでしょうか。

参考資料
・国立感染症研究所/厚労省「獣医療関係者のSFTS発症動物対策2025年版」
・東京都獣医師学会「SFTS診療簡易マニュアル」
・国立感染症研究所 研修会資料
・動物由来感染症対策技術研修会資料

この記事の執筆者 / 監修者

獣医師ニノマユ
獣医師ニノマユ
獣医師免許を取得後、都内動物病院にて小動物臨床に従事。その後はペット損保会社にて保険査定や犬猫~エキゾチックアニマルまでの健康相談業務などを担当しておりました。現在は、動物業界の課題について広く視野を持ちたいという想いでweb業界にて働いています。大学時代は動物行動管理学研究室に所属。一番好きなのは羊で繁殖~出荷を経験しました。
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